はじめに:湊かなえワールドへようこそ
「イヤミス(後味の悪いミステリー)の女王」湊かなえ。
彼女が「これが書けたら作家を辞めてもいい」とまで語った、まさにキャリアの集大成ともいえる一作が、この『母性』だ。

この記事は、言うまでもなく、この記事は核心に触れる完全なネタバレ解説。
だから、まだ映画を観ていない、という人は、必ず鑑賞後にまたここへ戻ってきてほしい。
…さて、覚悟はいいかい?
映画『母性』の作品情報

まずは、この美しくもおぞましい物語を紡いだ、クリエイターたちの情報から。
映画『母性』【ネタバレなし】感想と10段階評価
映画『母性』全体的な感想(ネタバレなし)
はっきり言って、スッキリする映画ではない。
観終わった後、心の奥にじっとりとしたおりが溜まるような、ずっしり重い手応えのある作品だ。
でも、ミステリー好き、特に人間の心理の暗部を覗くのが好きな人なら、この感覚がたまらないはず。
「なんとも言えないモヤモヤした気持ち悪さ」こそが、本作の最大の魅力であり、一種の中毒性を持っている。
美しい母娘の愛の物語を期待して観ると、とんでもない裏切りに遭うだろう。
これは、愛という名の「呪い」の物語なのだから。
映画『母性』10段階評価レビュー
【ネタバレなし】映画『母性』のあらすじ
ある日、女子高生が自宅の庭で倒れているのが発見される。
事故か、自殺か、あるいは…。
「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて…」と涙ながらに語る母・ルミ子。
しかし、その言葉を聞く娘・清佳の瞳は、どこか冷めている。
物語は、この事件の謎を追う形で、母の手記と娘の回想という、二つの食い違う視点から過去を紐解いていく。
同じ出来事を語っているはずなのに、二人の「真実」は、なぜこうも違うのか。
観客は、母性に狂わされた母と娘、その心の迷宮に迷い込むことになる。
【超重要ネタバレ】『母性』の結末と物語の全貌
この物語の真の悲劇は、女子高生の転落事件そのものではない。
その根源にある、世代を超えて連鎖する「愛という名の呪い」だ。
最終的に明らかになるのは、娘・清佳の転落が、自殺未遂であったこと。
そして、その引き金となったのが、祖母(ルミ子の実母)の死の真相を知ってしまったからだ。
11年前の台風の夜。
家が倒壊し、祖母と幼い清佳がタンスの下敷きになる。
その時、母ルミ子は、娘ではなく、自分の母親を先に助けようとした。
それを見た祖母は、ルミ子に「正しい選択」をさせるため、自ら舌を噛み切り、娘を助けるよう促して自害したのだ。
この衝撃の事実を知った清佳は、「母がずっと苦しんでいたのは、自分のせいだ」と絶望し、自殺を図る。
幸いにも一命を取り留めた彼女を、ルミ子は初めて「さやか」と名前で呼び、抱きしめる。
ここに、初めてルミ子の中に本物の「母性」が芽生えたかのように見えた。
しかし、物語はそう甘くない。
ラスト、妊娠した清佳にルミ子がかけた言葉は、「私たちの命を未来につなげてくれてありがとう」。
この「私たち」という言葉は、ルミ子と、亡き彼女の母親を指している。
結局、ルミ子の「母性」は、最後まで実母の影に強く縛られたままだったのだ。
映画『母性』の主要な考察ポイント
深掘り考察①:「母の手記」と「娘の回想」食い違う記憶の謎
この映画の構成、ミステリー好きにはたまらないですよね!
同じ出来事のはずなのに、母と娘、どちらの視点で語られるかによって、全く違う物語に見える。
いわゆる「羅生門エフェクト」です。
例えば、清佳が自殺を図った後、ルミ子の視点では「娘を優しく抱きしめている」。
しかし、清佳の視点では「母に首を締められている」。
なぜ、こんな食い違いが生まれるのか?
それは、人間が、自分に都合の良い「物語」を記憶として再構築する生き物だからだ。
母は「私は良い母だった」と信じたい。
娘は「私は母に愛されなかった」という事実を訴えたい。
それぞれの主観が、過去の出来事を歪めていく。
「真実はいつも一つ!」なんて、名探偵のセリフでしかない。
この映画は、親子であっても真実は共有できないという、残酷で、しかしありふれた現実を突きつけてくるのだ。
深掘り考察②:「母性」という名の呪い。毒親か、悲劇の母か
さて、母・ルミ子は、単なる「毒親」だったのだろうか?
僕は、彼女もまた「被害者」であり、「悲劇の母」だったと思う。
彼女の行動原理は、ただ一つ。
「自分の母親に褒められたい、愛されたい」。
そのために、娘を完璧な「孫」として育て上げ、母親に差し出す。
彼女は、娘を個別の人間としてではなく、母親からの愛を得るための「道具」としてしか見ていなかった節がある。
だから、娘の名前すらまともに呼ばないのだ。
嵐の夜、「子どもなんてまた産めばいい」という彼女のセリフは、まさにその象徴。
しかし、彼女を一方的に責められるだろうか?
「母性とはこういうものだ」という歪んだ価値観を、彼女に植え付けたのは、他ならぬ彼女自身の母親なのだから。
これは、歪んだ愛情の連鎖が生んだ、一つの悲劇なのである。
深掘り考察③:タイトル『母性』に込められた皮肉と真の意味
この映画のタイトル『母性』は、極めて痛烈な皮肉だ。
僕らがイメージする「母性」とは、無償の愛であり、自己犠牲の精神だろう。
しかし、この映画で描かれる「母性」は、見返りを求め、条件付きで、どこまでも利己的だ。
まさに、「母の愛が、私を壊した」というキャッチコピーそのもの。
だが、物語は絶望だけでは終わらない。
ラスト、清佳が下す決意に、僕はかすかな光を見る。
「わたしは子どもに、わたしが母に望んでいたことをしてやりたい。愛して、愛して、愛して、わたしのすべてを捧げるつもりだ」
これは、母から与えられなかった愛を、今度は自分が与える側になるという、呪いの連鎖を断ち切るための、力強い宣誓布告だ。
彼女は、自らの意思で、本当の「母性」を獲得しようとしている。
この映画は、タイトルに込めた強烈な皮肉の先に、このささやかな希望を提示してくれるのだ。
映画『母性』まとめ:あなたの「母性」のイメージを破壊する傑作
『母性』は、観終わった後、あなたの心に深く、重く、そしてじっとりと居座り続けるだろう。
ミステリーとしての面白さはもちろん、観る者自身の親子関係や、愛情の定義についてまで、否が応でも考えさせられる。
観終わった後、あなたは自分の母親(あるいは子供)のことを、少しだけ違う目で見てしまうかもしれない。
それこそが、湊かなえ作品が持つ恐ろしさであり、同時に抗いがたい魅力なのだ。
これは、心して観るべき、あなたの価値観を破壊する傑作だと思う。
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